「職人たちが、口を開いた」——学生との共創が、製造業の現場を変えるまで
- 6月10日
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(株式会社カープ本社)
創業60年以上、ドアビューアー(ドアに取り付ける覗き窓)の製造を手がける株式会社カープ。7名の職人が黙々と作業に打ち込む、いわゆる職人気質の製造業だ。
一日中、持ち場から離れず、部門をまたいだ会話もほぼない——そんな職場に、PROJECT anyのエニー生たちが飛び込んで約2年が経つ。
現場では何が起きたのか。
学生たちは具体的に何をしてきたのか。
取締役の坂本さんと社員の手塚さんに、プロジェクトの内側を語ってもらった。
エニー生がやってきた日ー「とりあえず、そこにいるだけでいい」
プロジェクトが始まる前のカープの社内は、独特の空気に包まれていた。
「組み立て担当の人は一日中そこにいる。レンズを磨く人はそこにいる。
部門間の会話もほぼない。聞いた話だと、一日の中でしゃべるのが何分かというレベルだったらしくて」(坂本さん)
主力製品であるドアビューアーは、市場の縮小が見えていた。
新しい展開が必要なのは明白でも、長年染み付いた職場の空気の中では、「新しいことをやろう」という声はなかなか出てこない。
社内の人間だけで変えようとしても、限界があった。
「社内の人たちと、突然現れた私だけでは、新しいアイデアはなかなか生まれない。
全然違うところからものが見られる人が入ってくることに、すごく価値があると思った」(坂本さん)
こうして始まったPROJECT anyとの共創プロジェクトだが、最初から社員が積極的に関わったわけではない。
「新しい取り組みに参加すること自体、すごくハードルが高かった」と坂本さんは振り返る。
だからこそ最初の合言葉は「とりあえず、いるだけでいい」。PROJECT anyとのプロジェクト内MTGに職人を同席させることから、プロジェクトはスタートした。
エニー生が動かした空気——アイデア出しから、市場調査、試作まで

(株式会社カープとPROJECT anyの共創プロジェクトの変遷)
PROJECT anyとの共創プロジェクト第1弾のテーマは、ドアビューアーの技術を活かした新製品のアイデア創発だった。
合同ミーティングでエニー生たちが投げかけたのは、既存の常識を外した発想だ。
「スマートフォンにドアビューアーをつけたら面白いのではないか」
「万華鏡に応用できるのでは」
「観光地にドアごと置いてフォトスポットにしたらよいのではないか」
——その場にいた職人の齋藤さんは「まさかドアビューアーをスマホに」と驚きながら、自分の技術が全く別の使い方をされる可能性に目を向け始めた。
エニー生たちはアイデアを出すだけではなかった。
実現可能性を自分たちで検証するため、市場調査や専門家へのインタビューを行い、商品化の実現性についてもリサーチを行った。外部リサーチサービスを活用したニーズ検証の他、自ら企業担当者へのアポイントを取得し出展交渉を実施、SNSアカウントを立ち上げ、5万回以上再生される動画の制作・運用を行うなど、必要な情報を自ら収集し、、企画商品の可能性を裏付けていった。

(エニー生が中心となり製造している新商品)
さらに議論が積み重なるうち、職人の一人が3Dプリンターを独学で習得し、自ら試作品を制作する動きが生まれた。
外部からの刺激が、職人自身の行動を変えた瞬間だった。
「エニー生に触発されるように、職人の発言量が増えていった。ずっと静かだった方が、ミーティングでロジカルに話す。「こんな考え方があるのか」と驚かされることが何度もあった」(手塚さん)
手塚さんは、職人たちの内側にある力についてこう語る。
「個別で話している時はたくさん話せるのに、こういう場だとなかなか発言しない。
でも坂本さんがうまく引き出すと、すごくロジカルで、才能がいっぱいあるのがわかる。
エニー生がいる場だからこそ、その才能が引き出された感じがある」
「採用とは全く関係ない」——だから、同じ視座に立てる

(左:手塚さん、右:坂本さん)
PROJECT anyとの共創プロジェクトは、一般的なインターンシップとは根本的に異なる。
「今の日本のインターンは、ほぼ100%採用活動。課題も決まっていて、その人を見るためのもの。でもPROJECT anyは、採用と一切結びつかない。だから本当に、同じ視座で課題解決ができる。同じ名前をつけるのも失礼なぐらい、違う」(坂本さん)
採用が絡まないことで、何が変わるのか。
共創プロジェクトに参画する大学生は自身の経験を積むことを目的に参加し、「いいところを見せよう」という力みがなくなり、本音でぶつかれる。受入先の企業も「人を見る」モードから外れ、純粋に「一緒に考え、共に成長する」関係になれる。その相互作用が、職場に自由な空気を生み出した。
同社との第3弾共創プロジェクトから参画する大学3年生の湯瀬さんが、その象徴的な存在だ。
「最初は、湯瀬さんはアイデアを出すのが中心だった。でも一緒にいる時間が長くなるにつれて、仕事の話だけじゃなく、雑談もできるようになってきた。そうなると、本音で話せる。今日会った人には言えないことも、言える関係になってくる」(坂本さん)
「アイデアを出すだけ」から「PMとして動かす」へ——湯瀬さんの1年

(左:坂本さん、右:湯瀬さん)
プロジェクト参画から約1年。湯瀬さんは今、エニー生チームのプロジェクトマネージャー(PM)として、チーム全体を指揮する立場にある。
本人はこう振り返る。「1年前は、アイデアは活発に出せるけど、じゃあそれをどう実行するかというところまで、自分で考えられるレベルではなかった。実行力が足りなかった」
では今、湯瀬さんは具体的に何をしているのか。
まず、ミーティングの設定とリマインド。日程調整から参加確認の連絡まで、滞りなく進むよう管理する。次に、議事録と合同ミーティング資料の作成。決定事項を整理し、次のアクションにつなげる形で残す。
そして、Slackでの日常的な情報共有——ミーティングのない日も、今日こういうことを決めた、こういう進捗があったとこまめに発信することで、プロジェクトの熱量を途切れさせない。
さらに湯瀬さんが力を入れているのが、展示会への参加交渉だ。
東京ビッグサイトで開催された大規模展示会にも足を運び、現場でのコミュニケーションを通じて、800名規模が参加するイベントを主催するオーナーから、イベント出店の話を取りまとめた。
もともと「人と話すのが苦手」と言っていた湯瀬さんが、初対面の企業担当者にも積極的に話しかけられるようになった。
「Slackの動き方が、湯瀬さんがPMになってから一気に頻繁になった。本当に、一緒に作っていく感覚になってきた」(坂本さん)
湯瀬さんが今、最も頭を悩ませているのは「強制力のない中でのチームマネジメント」だ。「PROJECT anyは参加任意の自主プロジェクトだから、強制力がない。でもビジネスの現場には期限はある。メンバーがどうやって自分ごととして動いてくれるか、責任感をどう持ってもらうか——PMになって1ヶ月、それを毎日考えながらやっています」
創業62年、初の懇親会が開かれた
プロジェクト開始から約2年が経ったある日、会社設立以来一度も開かれたことのなかった全社員での懇親会が、初めて実現した。
「平成のはじめからいる齋藤さんが言うには、こんなことは一度もなかったって。だから史上初なんですよ」(坂本さん)
一日中、各自の持ち場で黙々と作業する。それが同社の日常だった。
そんな職場がここまで変わったのは、エニー生たちが生み出した「空気」があったからだと、坂本さんは言う。
「外からの風だからこそ、自由にアイデアを出したり、意見を言ったりしてもいいという雰囲気が生まれた。それをもし社内だけでやろうとしたら、何十年もかけてできあがった空気を変えることになる。エニー生がそのクッションになってくれた」
手塚さんも同じ実感を持つ。
「若い人って、周りの環境が大事。うまく引き出してもらえる場があることで、才能が開いていく。エニー生たちが来たことで、そういう場がカープの中に生まれた気がしています」
7月末、いよいよテスト販売へ
現在プロジェクトは、ドアビューアーの技術を転用した新製品の7月末テスト販売に向けて動いている。アイデア出し・市場調査・試作を経て、ようやく「形」が見えてきた段階だ。次のフェーズでエニー生たちが担うのは、パッケージングのデザイン検討と販売戦略の立案だ。どんなターゲットに、どんな見せ方で届けるか——製品づくりから売り方まで、一貫して関わる。
「本当に売れるかも、という感覚が、ここ数週間でより一層生まれてきた。じゃあ実際にどう売っていくかを、本気で準備しないといけない。やっとそのフェーズに来た」(坂本さん)
手塚さんはさらに先の可能性を見据える。
「既存技術を全く違う角度でニッチに展開したい。万人受けじゃなくていい。こんなものありますよ、というラインナップがいっぱいあると面白い。
何が受けるかわからない時代だから、そういう文化が社内に根付いてきたのは大きい」

(プロジェクトで製作された製品を使い、撮影した写真)
「探しに動いた人は、何かを得ている」
坂本さんはPROJECT anyのエニー生へ、こんなメッセージを送る。
「コミュニティの中にいるだけでは、違いは感じられない。でも探しに動いた人たちは、何かを得ている。もっと多くの人が動いたら、社会へのインパクトはもっと大きくなる」
そして、PROJECT anyへの参加を検討している企業へはこう語る。
「最初の3ヶ月でやめていたら、『いろいろアイデアが出たね』で終わっていたと思う。
長期だからこそ、コミュニケーションが深まって、本音が引き出せて、実際に形になるものが生まれる。若い人たちの力を本当に活用したいなら、長期で考える必要がある」
採用目的ではなく、同じ視座で課題に向き合う。その関係性が、職人の心を動かし、学生を成長させ、新しいものを生み出す原動力になっている。
会社情報

株式会社カープ
創業 | 1964年9月(昭和39年9月) |
代表者 | 坂本充快子 |
資本金 | 1,000万円 |
本社 | 東京都小金井市梶野町5-5-5 |
事業内容 | ドアビューアー製造・販売 |
坂本聰様
取締役。大学卒業後、ITベンダーでのサラリーマン生活を経て教育サービスとITサービスの「有限会社考学舎」を起業。エンドユーザーに扱いやすいシステムの開発、聴く力、思考力の育成には定評のある企業に育てた。2023年先代の急逝に伴い、株式会社カープの実質的経営者に就任。若い世代の社員とエニー生の力を借りて、第2創業を進めている。



