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【超訳】経済、社会、自然環境の持続可能性 –トリプルボトムラインから考える残された課題–

更新日:1月7日




 


はじめに

 今こそ、持続可能性の真の意味を再度問い直し、多様な視点を持つ人々との議論を深めることが必要です。本記事では、ジョン・エルキントン氏が提唱したトリプルボトムラインという枠組みを紹介し、その重要性や持続可能性を実現するためのアプローチについて詳しく考察していきます。

 近年、持続可能性(Sustainability)に対する関心が急速に高まっています。これは、自然環境や社会への影響を無視した経済成長への反省から生まれたもので、多くの企業が自らの活動が環境や社会に与える影響について考える機会が増えており、積極的な情報発信が行われています。そのため、現代の企業経営において、トリプルボトムライン(経済、社会、環境)は、持続可能な発展を目指すための重要な指標となっています(活動情報の発信が様々なステークホルダーへの企業価値を伝えるツールにもなっています)。これらの要素をバランスよく満たすことは、多くの企業にとって重要な課題ですが、同時に大きな挑戦でもあります。

 様々な持続可能性達成のためのアプローチの中で、一部の取り組みは真の持続可能性に貢献していない可能性があります。例えば、紙ストローの導入は、プラスチック廃棄量を減らすための環境配慮の一例ですが、機能面や顧客満足度において課題が残っています。長時間使用すると紙が崩れやすくなり、飲み物の味や触感に満足しない人もいます。また、生分解性素材は、廃棄後に環境中で自然に分解されるため、プラスチック廃棄物の削減に大いに貢献します。この素材の使用は、環境教育や環境意識の向上にもつながり、社会的なメリットも享受できます。しかし、温度管理や特定の微生物の培養、酸素供給などの特定の条件が必要となると共に、適切な処理インフラの整備が欠かせません。さらに、生産コストが通常のプラスチックに比べて高くなるため、全体的なコスト管理の観点からも課題があります。

 このような状況を踏まえると、持続可能性の真の意味を再考し、長期的視点での取り組みが求められます。「持続可能性とは何か?」「どのようなアプローチがその実現につながるのか?」について、世代を超えた多様な視点からの対話が非常に重要です。

 本記事では、ジョン・エルキントン氏(John Elkington)が提唱した持続可能性の三つの柱(経済、社会、環境)を示す「トリプルボトムライン」の枠組みとその重要性について紹介します。



トリプルボトムラインとは何か

 トリプルボトムラインは、ジョン・エルキントン氏が提唱した、経済、社会、環境の持続可能性を同時に実現するための枠組みです。この枠組みでは、経済活動を持続可能に続けること、社会の福祉を確保すること、そして自然資源を枯渇させないことが重視さています。しかし、このトリプルボトムラインは、企業が形式的に取り入れてしまうことが多く、本来の意図が見落とされがちです。そのため、エルキントン氏自身がこのような状況を顧み、この枠組みを撤回しました。

 また、トリプルボトムラインは、単に持続可能性を部分的に分けて取り組むものではなく、経済、社会、環境が互いに支え合う関係を構築することが重要です[1]。例えば、“持続的な環境を確立することで、持続的な経済を実現できる。持続的な経済を通じて、持続的な環境や社会を実現できる”というように、これら三つの要素が相互に強化し合う関係が望まれます。

 そのため、持続可能性を部分的な課題として個別に取り組むのではなく、全体としての関係性を理解しながら進めることが重要です。



持続可能性の実現における主要な障壁

 持続可能性を『経済、社会、環境』の3つの課題にそれぞれ分けて、個別課題として扱うのはトリプルボトムラインの本質を見失い、形骸化する原因となります。各課題の関係性や、課題へのアプローチなどの対応が求められる中で、直面する代表的な障壁(制度理論及びミッションドリフト)を以下に示します。

制度論理の対立

 制度論理とは、社会で共有される価値観やルールのことを指し、例えば経済利益の追求、自然環境への貢献、社会課題の解決など、異なる目的に対してそれぞれ独自の制度論理があります[2]。これらの価値観やルールは、何が正しいか、何が適切かを判断する際の指針となります[3] [4]。

 しかし、今日では多くの組織が異なる制度論理に同時に直面しています。例えば、企業は経済利益を追求する一方で、自然環境を守り、社会課題を解決することも求められるのです。このように異なる価値観やルールが調和しない場合があり、対立が生じやすくなります[5]。企業が経済利益ばかりを重視すると、自然環境の保護や社会課題の解決が疎かになるなど、組織が特定の制度論理に偏り過ぎると、元々の社会的な目的を見失う可能性が高まります。

このように、異なる制度論理のバランスを取ることが、現代の組織にとって重要な課題となっています。

ミッションドリフト

 最近、日本でも社会的企業やソーシャル・エンタープライズという言葉が広がりつつあり、これらは社会問題を解決しながらも営利企業の効率性やイノベーションを活用する組織です。しかし多くの社会的企業は、複数の制度論理から生じる社会的な目的と経済的な目的が対立し[6], [7]、経済利益を追求する過程で元々の社会的目的を見失う「ミッションドリフト」という問題に直面することがあります [8]。

 例えば、非営利組織が商業化する過程で顧客や政府の資金に頼りすぎると、これらのステークホルダーの意向を無視できなくなり、結果的に元々の社会的ミッションが失われる危険性を指摘しています[9]。

 さらに、貧しい人々にお金を貸すことを目的とするマイクロファイナンス機関でも、職務経験を積むとリスクの高い貧困層へサービスを提供するのを避けるようになります。これは、貧困層への融資には高いリスクが伴うことを学ぶからです。また、職務経験が増えると実務上の困難にも直面し、初めはあった熱意が薄れるからだと説明されています[10]。

 同様に、冒頭でも紹介した紙ストローや太陽光発電の課題も、持続可能な環境の実現も経済利益の犠牲を伴う事例として挙げられることから、社会的企業もミッションドリフトを防ぐための努力が重要です。



持続可能性に向けて必要とされるアプローチ

 持続可能性にむけて、組織が複数のゴールを追求する中で、経済活動が自然環境や社会貢献に繋がる可能性もあります[11], [12], [13]。そのため、経済、社会、環境の対立を超えて、互いに強化し合う取り組みを目指すことが重要です[14]。前述の障壁や問題をふまえ、持続可能性実現の鍵となる様々なアプローチの例を紹介します。

長期的視点からの組織活動

 組織活動として持続可能性に向けた様々な取り組みについて情報開示することは、組織の評価(企業価値)という短期的な経営課題として追求しやすいのですが、この方法では経済、社会、環境の対立を解消した長期的な持続可能性の実現には限界があります。

 長期的視点での対応は、持続可能性に関連するイノベーションにおいても重要であり、トリプルボトムラインの対立を和らげるなど、持続可能な発展に寄与することが知られています[15]。したがって、組織が課題に対して、主体的かつ長期的に取り組むことが、持続可能性の実現にむけた有用なアプローチの一つとして挙げられるでしょう。

組織に必要な資源の再考

 組織活動にてこれまで求められてきた「資源」について、長期的視点からその枠組みや活用方法などを見つめ直すことも一つのアプローチといえます。

 「企業が持つ内部資源や能力が競争優位の源泉」と捉える資源ベース理論において、環境的側面(環境への影響を配慮)に着目した自然資源ベース理論に加え、社会資源(人間関係や企業内の価値観だけでなく、社会的ネットワークを通じて得られる知識や情報)を効果的に活用する社会資源ベース理論が持続可能性実現の方法として提唱されています[16]。さらに、組織に属する個人が持つ価値観や行動規範が、組織全体の文化に大きな影響を与えることから、組織全体の社会的責任を実現するためには、従業員一人ひとりの活動が大きく寄与することが後続研究においても提案されています。

 そのため、持続可能性を達成するために、自然資源や社会資源をどのように活用するかを考えるのが必要となるでしょう。

課題を事業機会として認識

 ビジネスは社会のニーズに応えることで価値を生み出すことから[17]、自然環境や社会課題への対応を事業機会として捉えることで、持続可能な発展へとつなげていくことができるでしょう。

 環境保護とビジネスの成功を両立させる起業活動(グリーン・アントレプレナーシップ)は、再生エネルギーの開発や地域社会の問題解決を通じ、新しい市場を開拓しています。日本でも、社会的起業家が増え、社会や環境の課題がビジネスチャンスと認識されることで、課題への解決策を講じるイノベーションの推進につなげることができるのかもしれません。

人材のマネジメント

 持続可能性を達成するためには、組織がおかれている状況や目的に応じた人材の適切な雇用と管理が重要です。複数の目的を両立させる方法に関する一例として、従業員の雇用やマネジメントに着目し、能力を基にした「ミックスアンドマッチ・アプローチ(Mix-and-Match Approach)」と成長の可能性を重視する「タブラ・ラサ・アプローチ(Tabula Rasa Approach)」が提案されています[18]。前者は素早い組織成長を促進しますが、対立が生じやすいと指摘されています。一方、後者は共通のアイデンティティを形成し、対立を避けることができます。また、組織のコミュニケーション、トレーニング、昇進制度、インセンティブシステムの設計も重要です。必ずしも共通の目的をもった組織構成員を束ねることが望ましい結果につながるとは限らないため、従業員に共通の手段を持たせ、この手段に焦点を合わせたマネジメントが望ましいことが示唆されています。

組織間の協調

非営利組織、営利組織、政府など複数の組織が協力し、互いの弱みを補完しながら、強みやリソースを効率的に活用することで、実質的な成果を上げることが可能となる事例も報告されています[19]。そのため、単一の組織ではなく、複数の組織間の協力が持続可能性の実現に効果的なアプローチかを考える必要があるでしょう。

世代を超えた継承と革新

 最後に、長期的な持続可能性の実現には、世代を超えた継承が必要不可欠です。長期的取り組みの維持により、短期間では解決できない課題を、過去の取り組みの上に新たな取り組みを蓄積することで少しずつ解決することもできます。一方で、各世代はその時々に新たな課題に直面しながら、過去を異なる視点で解釈し、未来を再構築するなど、過去の取り組み(組織に刷り込まれた伝統など)を継承しつつ、新たな課題に対する革新を両立する必要があります[20]。

 そのため、トリプルボトムラインの課題を解決するために、世代間での継続的な協調と双方向でのやり取りが必要なのではないだろうか。



むすびに

 本記事では、トリプルボトムラインの枠組みを紹介し、持続可能性を実現するために必要な課題やアプローチをいくつか取り上げました。

 生分解性素材やバイオマスプラスチックの採用は、環境負荷を軽減しながら持続可能な資源利用を推進する上で重要なステップの一つです。しかし、これらの素材は適切な分解環境と高い生産コストの課題も抱えています。同時に、地域社会との連携を強化し、環境教育を推進することで、社会的責任を果たしながら、持続可能な社会の形成に貢献できる可能性を有しています。

 経済、社会、環境の持続可能性を実現するための課題として、こうした具体的課題へのアプローチだけでなく、そもそも「持続可能性がなぜ重要か?」について考えることも大切です。日本では消費者自身の持続可能性に対する意識が低いという指摘されることもあり,社会全体で持続可能性の重要性を賛同する意識を高めることが、持続可能性の実現に向けた一歩となりえます。

 また、持続可能性は一世代だけの問題ではなく、世代を超えた連携が求められます。上の世代が下の世代を教育しつつ、下の世代が革新を通じて残された課題や新たな課題を解決するなど、世代を超えた連携が求められます。そのため、社会全体で持続可能性の重要性を共有し、持続可能性の真の意味や適切なアプローチについて、世代を超えた議論を深めることが必要です。



 


参考文献

  1. Isil, O., & Hernke, M. T. (2017). The triple bottom line: A critical review from a transdisciplinary perspective. Business Strategy and the Environment, 26(8), 1235–1251.

  2. Thornton, P. H., & Ocasio, W. (1999). Institutional logics and the historical contingency of power in organizations: Executive succession in the higher education publishing industry, 1958–1990. American Journal of Sociology, 105(3), 801–843. 

  3. Lounsbury, M. (2007). A tale of two cities: Competing logics and practice variation in the professionalizing of mutual funds. Academy of Management Journal, 50, 289–307.

  4. Thornton, P. H., & Ocasio, W. C. (2008). Institutional logics. In R. Greenwood, C. Oliver, K. Sahlin, & R. Suddaby (Eds.), The SAGE Handbook of Organizational Institutionalism (1 ed., pp. 99-129). SAGE Publishing.

  5. Pache, A. C., & Santos, F. (2013). Inside the hybrid organization: Selective coupling as a response to competing institutional logics. Academy of Management Journal, 56(4), 972–1001. 

  6. Doherty, B., Haugh, H., & Lyon, F. (2014). Social enterprise as hybrid organizations: A review and research agenda. International Journal of Management Review, 16, 417-437.

  7. Smith, W. K., Gonin, M., & Besharov, M. L. (2013). Managing social-business tensions: A review and research agenda for social enterprise. Business Ethics Quarterly, 23(3), 407-442.

  8. Ebrahim, A., Battilana, J., & Mair, J. (2014). The governance of social enterprises: Mission drift and accountability challenges in hybrid organizations. Research in Organizational Behavior, 34, 81-100.

  9. Jones, M. B. (2007). The multiple sources of mission drift. Nonprofit and Voluntary Sector Quarterly, 36(2), 299-307.

  10. Beisland, L. A., D’Espallier, B., & Mersland, R. (2019). The commercialization of the microfinance industry: Is there a ‘personal mission drift’ among credit officers?. Journal of Business Ethics , 158, 119–134.

  11. Svensson, G., Ferro, C., Hogevold, N., Padin, C., Varela, J. C. S., & Sarstedt, M. (2018). Framing the triple bottom line approach: Direct and mediation effects between economic, social and environmental elements. Journal of Cleaner Production, 197(1), 972-991.

  12. De Vicq, A. (2022). Caught between outreach and sustainability: The rise and decline of Dutch credit unions. Business History, 1–28.

  13. Cozarenco, A., Hartarska, V., & Szafarz, A. (2022). Subsidies to microfinance institutions: how do they affect cost efficiency and mission drift?. Applied Economics, 54(44), 5099–5132.

  14. Battilana, J., & Lee, M. (2014). Advancing research on hybrid organizing – Insights from the study of social enterprises. Academy of Management Annals, 8, 397–441.

  15. Longoni, A., & Cagliano, R. (2018). Sustainable innovativeness and the triple bottom line: The role of organizational time perspective. Journal of Business Ethics, 151(4), 1097-1120.

  16. Tate, W. L., Bals, L. (2018). Achieving shared triple bottom line (TBL) value creation: Toward a social resource-based view (SRBV) of the firm. Journal of Business Ethics, 152, 803–826.

  17. Drucker, P. F. (2008). The essential Drucker: The best of sixty years of Peter Drucker's essential writings on management. HarperCollins Publishers.

  18. Battilana, J., & Dorado, S. (2010). Building sustainable hybrid organizations: The case of commercial microfinance organizations. Academy of Management Journal, 53(6), 1419–1440. 

  19. Kwong, C., Tasavori, M., & Cheung, C. W. M. (2017). Bricolage, collaboration and mission drift in social enterprises. Entrepreneurship & Regional Development, 29(7–8), 609–638.

  20. Erdogan, I., Rondi, E., & De Massis, A. (2020). Managing the tradition and innovation paradox in family firms: A family imprinting perspective. Entrepreneurship Theory and Practice, 44(1), 20–54.

 


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