top of page

【anySTUDY4】なぜコミュニティなのか

【anyレポート】第四弾は、「なぜコミュニティなのか」をテーマに執筆します。当内容に関するディスカッション勉強会「anySTUDY」は2/22(水)19:00~20:30に開催します。


 世の中で人気な曲の歌詞に一人称が増加し、「私たち」のような言葉が失われていると聞いたら[1]、どう思うだろうか。これは、ただの”Fun Fact”ではなく、我々の意識の大きな変化の一端である。個人主義が普及する時代に、人々は「孤独という病」[2]に侵されているのだ。「病」というのは、単なるメタファーではない。孤独感は日本含め、人から人へと伝染し、メンタルヘルスに大きな影響を及ぼす。そして、身体的な健康にも悪影響を及ぼす[3]。このように深刻な影響がある孤独は、年々増加し、老若男女問わず侵食されている。

 このような変化を背景に、人がつながりあう「コミュニティ」へ回帰しようとしている。人間の「人と関わりたい」という感情は、時代を超えても変わらない。マイクロソフトの最新の調査結果から、チームの絆や、同僚との交流のためならば出勤するということを明らかにした[4]。Z世代はテクノロジーやオンラインでのやりとりに精通しているものの、直接的な学びややり取りをしたいと考えている[5]。このようなニーズに呼応するかのようにコミュニティサービスは増加し、孤独という病に対応しようと(ときには利用しようと)している。

 しかし、Z世代を代表とする次世代は、コミュニティを形成しているものの、それでもなお強い不安を感じている。以下では、第一節ではコミュニティを次世代がいかに形成し、どのような問題点があるのか、第二節では「any」と「Many」の連携を通じていかに現在のコミュニティの問題点が解消されているか、そして第三節では従来のコミュニティの常軌を逸する「Many」の役割を説明する。


1.メンタルヘルスの問題と現行のコミュニティの限界


1.1 一般的なコミュニティのメリット

 コミュニティはラテン語の「Communitas」という言葉を語源に持つ[6]この言葉からもわかるように、コミュニティの本質は、「お互いに(co)与え合う(munus)」ことにある。参加する個人はコミュニティに与えられるだけではなく、コミュニティに何らかを与えなければコミュニティは成立しない。そして、コミュニティは参加者によって形成され、参加者が何をコミュニティに与えるかでその性質が決められる。このようなコミュニティは心理学を中心とした学問で研究され、その多岐に渡るメリットが解明されてきた。以下では、一般的にコミュニティでは「何を与えあっているのか」を考察する。

 1つは、安心である。1991年から2019年までの「コミュニティの感覚」に関する30つの先行研究のレビューより、コミュニティの感覚はウェルビーイングに強く貢献することが示された[7]。これは、年齢やコンテキストに関わらず、である。2つ目は、成長である。他者とのかかわりは、成長の源泉である。他者の成長が自らの成長のガソリンとなり、他者の考えが自らの創造性になり、他者の評価が自らの立場を把握する地図となる。実際に、37の既存研究を扱ったレビュー論文は、オンラインコミュニティによって大人の学習プロセスが改善すると結論付けられている[8]


[1]HertzNoewwna. (2021). The LONELY CENTRY なぜ私達は「孤独」なのか. 東京都渋谷区:ダイヤモンド社

[2]河合薫. (2018年6月12日). 「孤独という病」は伝染し、職場を壊す。参照日: 2023年1月22日, 参照先 : 日経ビジネス: https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/200475/061100163/

[3]HertsNoreena. (2021). The LONELY CENTRY なぜ私達は「孤独」なのか. 東京都渋谷区:ダイヤモンド社

[4] Capossela, C. (2022,9 22). To Get People Back in the Office, Make It Social. Retrieved 1 22, 2023, from Harvard Business Review:https://hbr.org/2022/09/to-get-people-back-in-the-office-make-it-social

[5] 社内報ラボ. (2020年11月24日). 社内報ラボ by りえぞん企画-inner communication lab-.参照先: Z世代とのコミュニケーション方法とは? その特徴や価値観から考える:

[6] BUFF. (2019年3月11日). コラム:コミュニケーションとは?ー『コミュニティ・オブ・プティス』から考えるー. 参照日 : 2023年1月22日, 参照先 : BUFF:https://buff-community.jp/article/2019/3/11

[7] Stewart, K., & Townley, G. (2020). How Far Have we Come? An Integrative Review of the Current Literature on Sense of Community and Well-being. American Journal of Community Psychology, 66, 166-189.

[8] Abedini, A., Abedin, B., & Zowghi, D. (2021). Adult learning in online communities of practice: A systematic review. British Journal of Educational Technology, 52(4), 1663-1694.



1.2 環境の変化:コミュニティの喪失と孤独の浸蝕

 人は、他者とつながり、コミュニティを形成しながら生きてきた。しかし、前述のようなメリットがありながらも、コミュニティは失われ、「孤独という病」が社会を浸蝕している。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授のノリーナ・ハーツ氏はこの現象を扱い、その変化の背景には、都市化、スマートフォンやSNSの普及、労働形態の変化を含む、多様な理由があると説明している[9]

 例えば、情報通信サービスの普及を背景に、人々は顔を合わなくても日々の生活を送れるようになっている。この傾向はコロナウィルスによって加速し、今ではリモートワークは、珍しいものではなくなった。仕事に限らず、直接会わなくても情報を伝達できるという変化は、効率性という恩恵をもたらすものであると同時に、他者との密なつながりコミュニティの喪失を伴う。例えば、職場のコミュニティ意識は、コロナ前後で37%低下している[10]。これは、コミュニティ意識が、仕事での成功、エンゲージメントに貢献するにも関わらずである。このような状況に比較的慣れているZ世代も、顔を合わせたやりとりの減少、面と向かったコミュニケーションのスキルの低下を感じていると示す調査もある[11]

 では、我々がターゲットとしている次世代は、このような「環境変化:孤独の浸蝕」にどのように適応しているのだろうか。




[9] The Lonely Country


[10] Porath, C., & Sublett, C. P. (2022, 8 26). Rekindling a Sense of Community at Work. Retrieved 1 22, 2023, from Harvard Business Review: https://hbr.org/2022/08/rekindling-a-sense-of-community-at-work


[11] Janssen, D., & Carradini, S. (2021). Generation Z Workplace Communication Habits and Expectations. IEEE Transactions on Professional Communication, 64(2), 137-153.



1.3 次世代のコミュニティへの回帰

 時代を経ても、環境が変化しても、人は他者と関わりながら生きていく。Z世代に代表される次世代も、不可逆的なデジタル化、都市化、スマホの普及などの変化に適応するように、新しい形でコミュニティに回帰している。経済産業省とKPMGコンサルティング株式会社が公開した報告書によると、Z世代はSNSや動画共有サービスの利用時間が長く、「同じプラットフォーム内でコミュニティを形成し、他者との交流を行う」と述べている[12]。マーケティングでは、今後購買力を高めていくZ世代に着目し、その性質の解明が進められている。その結果、Z世代の同じ価値観を持つ個人とコミュニティを形成する性質[13]、「仲間同士で横断的にデジタルコンテンツを消費しつつ、共通の目的意識と連帯感を形成していく」という他の世代の異なる性質に着目し、コミュニティマーケティングが一部では提唱されている[14]。そして、Z世代に限らず、2008年と比較して、2017年では参加しているコミュニティ数が多く、横断的にコミュニティに参加するという新しい傾向も見て取ることができる[15]。その背景には、経済活動などに甚大な影響を及ぼした[16]スマホの存在があり、Z世代を他の世代と大きく分かつ[17]。スマホはオフラインで常時他者とつながることを可能としている。Z世代のコミュニティは「SNSやオンライン上」(39.4%)が最も多く、次いで多かったのは「学校」(32.4%)、次に「職場」(14.1%)と続いた[18]

 このような、Z世代の、複数のプラットフォーム上でオンラインコミュニティを形成する傾向に呼応するかのように、世の中にはコミュニティサービスが溢れかえっている。確かに、これらのコミュニティは有益である。しかし、現行のコミュニティは、十分な安心と成長を次世代に与えているのだろうか。


[12] 経済産業省&KPMGコンサルティング株式会社. (2022). Z世代におけるeスポーツおよびゲーム空間における広告価値の検証事業.


[13] スフレ. (2022年8月22日). Z世代に向けたマーケティング手法のヒントと成功事例を解説. 参照先: スフレ:https://sfre.co.jp/blog/news/generation-z-marketing/


[14] ジェマ·バテンバウ. (2022年11月11日). Z世代に向けた「コミュニティマーケティング」、その最前線. 参照日: 2023年1月22日, 参照先: campaign JAPAN日本: https://www.campaignjapan.com/


[15] 総務省. (2018). オンラインとオフラインのコミュニティへの参加状況 第1部 特集 人口減少時代のICTによる持続的成長. 参照日: 2023年1月22日, 参照先: 総務省: https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd143510.html


[16] Ghose, A. (2018). Tap スマホで買ってしま9つの理由 (1 ed.). 港区虎ノ門: 日系BP社.


[17] 創業手帳. (2022年6月16日). Z世代とは?X・Y世代とどう違う?特徴や消費行動など解説. 参照日: 2023年1月22日, 参照先: 創業手帳: https://sogyotecho.jp/generation-z/


[18] ITMedia. (2022年4月18日). Z世代に聞いた 友人が多いコミュニティ「学校」や「職場」を上回る1位は? 参照日: 2023年1月22日, 参照先: ITMediaビジネスONLINE: https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2204/18/news061.html



1.4 コミュニティに回帰してなお、残る問題点

 Z世代では、未だに不安を感じている個人は多い。実際にZ世代は強い不安と抑鬱を感じている傾向にあり[19]、メンタルヘルスの改善は重要な課題である。厚生労働省の統計より、国民が強いストレスや不安を感じる中でも、特に10~30代の日本人の78.1%が将来に不安を抱いている[20]。悲しいことに、10-39歳までの死因の1位は自殺である[21]。確かに、様々なコミュニティサービスは「コミュニティの中にいる限り」は、コミュニティの同質性、肯定の多さによってメンタルヘルスが改善するだろう。しかし、様々なコミュニティや場に横断的に所属する現代では、場所限定的な安心は、メンタルヘルスに十分な貢献をもたらさないだろう。つまり、必要なのは限定的な対処療法としての「逃げ場」ではなく、コミュニティ外の安心やメンタルヘルスの改善に貢献する根本治療なのである。

 また、サクセスストーリー、顕著性が高く比較が簡単なSNS上での情報、そして自己啓発書の氾濫により、コミュニティでは何らかの「正しいこと」が掲げられ、それに向けた成長が成される。多くのお金を稼ぐことが正しい、楽しい気持ちになることが正しい、幸せな家庭を築くのが正しい、ポジティブであることが正しい。それに向けて、私達は○○という成長が必要だ。これは、必ずしも間違っているわけではないものの、同時に自分の真のゴールやありたい姿、自分が本当に向いていることと適合するとも限らない。むしろ、本当に自らが求めることから離れるリスクが高い。行動経済学は、人間の「経済不合理」な側面を明らかにし、その対策を考える学問である。そんな行動経済学では、アベイラビリティバイアス(Availability Bias)というものが存在し、顕著でわかりやすく、形のあるものを人が過度に評価するとされている[22]。自己啓発書やサクセスストーリー、SNSを可能とする比較はまさに、アベイラビリティバイアスを逆手に取り、加速されている現象である。このような認知的リスクを抱える中で、特定の「正しい」を掲げるコミュニティが次世代に成長をもたらしているかと言えば、疑問符を付けざるを得ないだろう。







[19] DIGIDAY. (2020年4月6日). 悲しみの世代:なぜ Z世代 は、かつてない「不安」を抱えているのか? 参照日: 2023年1月22日, 参照先: DIGIDAY: https://digiday.jp/agencies/saddest-generation-gen-z-anxious-generation-ever/


[20] 内閣府. (2019年6月). 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 (平成30年度). 参照日: 2023年1月22日, 参照先: 内閣府: https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/ishiki/h30/pdf-index.html


[21] 厚生労働省. (2020). 令和2年版自殺対策白書. 参照日: 2023年1月22日, 参照先: 厚生労働省: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jisatsuhakusyo2020.html


[22] Thaler, R. H., & Sustein, C. R. (2009). Nudge Imporving Decisions About Health, Wealth, and Happiness. New York: Penguin Group.



2 本当の安心をもたらす、「any」と「Many」


2.1 次世代に本当に必要なこと:対処療法から根本治療へ

 我々は、次世代のために必要なことは「対処療法としての逃げ場」ではなく、「根本治療としての成長」であると考えている。セーフスポットとしてのコミュニティは、ある種の対症療法であり、役立つのは間違いないが、本当にメンタルヘルスを改善するのであれば、それに加えて同時に根本療法が必要である。その根本治療が「自分軸(自分軸に関して、より詳しくは以前の記事を参照いただきたい)」であり、その根本治療の入り口となるのが「any」であり、更なる加速に必要不可欠であるのが我々独自のコミュニティを土台としながらも、コミュニティを機能を超え、社会と企業、次世代とつなぎ不安を解消する「Many」である。つまり、次世代に本当に必要なコミュニティとは、根本治療としての自分軸の明確化・言語化、さらに利用を加速する場である。

 なぜ自分軸が根本治療なのだろうか。それを考えるにはまず、そもそも次世代がいかなる不安を感じているかを知る必要がある。日本の次世代は、命が明日にでも失われることを不安に感じているのだろうか?明確な脅威に怯えて不安を感じているのだろうか?そのような不安も存在するだろうが、恐らく、現代の大多数の不安の実態は、より曖昧なものであると考えるのが妥当であろう。芥川龍之介が、自らの命を絶つ前に遺した『或旧友へ送る手記』では、「将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉を記している[23]。これは、現代のいわゆる「メンタルヘルスの問題」を的確にとらえたものではないだろうか。情報が氾濫し、比較が可能となり、いかなる人生の局面にも不確実性が伴い、多様な障壁に面している現代では、「わかる不安」よりもぼんやりとした「わからない不安」が伝播しているのだろう。様々な情報があり何が大事か、何が正しいかわからない、比較して自分の方が劣っているように感じて、それに何か問題があると感じている、何が起きるかわからない。そのような「わからない不安」に対しては、セーフスポットに逃げるという方法では、わからないものはわからないまま、不安なものは不安なまま変わらない。不安で恐ろしいセーフではない外の世界で苦しみながら、セーフスポットにいるときも防空壕にいるかの如くふとした時に不安を感じるかもしれない。むしろ、必要とされているのは、セーフスポットを確保しつつ、そのセーフスポットで成長し、積極的な進化によって、環境に対して自ら不安を解消できるようになる場であろう。そして、その積極的な進化が「自分軸の明確化・言語化」である。

 つまり、ただ「安心する場」でもなく、ただ「成長する場」でもなく、むしろ「安心して、成長する場」において、安心することで成長し、成長することで安心がもたらされる。必要なのは、このように安心と成長がお互いを強化することなのだ。


[23] 芥川龍之介. (1998年4月20日). 或旧友へ送る手記. 参照日: 2023年1月22日, 参照先: 青空文庫: https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/20_14619.html



2.2 「自分軸」が根本治療となる3つの理由

 ここでは、まずなぜ自分軸における成長が根本的な安心となるかを説明する。自分軸の明確化・言語化は3つのメカニズムを通じて、現代の不安を解消へと進める。1つは、現在の自分と未来の自分とのつながりを感じることで、不安が解消されることである。「わからない不安」が誕生したのは、ずいぶん昔、農耕社会が発展し未来という概念が人類に芽生えたことがきっかけである。未来は不確実性に満たされており、不安の源泉である。そして、近年では情報の氾濫、未来の道の多様化と選択の自由によってこの不安は加速している。哲学者のエーリヒ・フロムが『自由からの逃走』で述べたように、人は自由を与えられると不安となり、それから逃れようとするのである。不確実な未来と向き合うには、人は未来と現在のつながりを感じる必要がある。自分がどういう人間であるかが明確になればこれからの自分も予測しやすくなり、どのような価値を重視し、どのようなゴールを目指すかが明確になればこれからの行動も予測しやすくなる。その結果、不確実性が低減され、不安も解消される。

 もう1つは、自分自身の中に「セーフスポット」を作ることができることがあることである。他者との比較が容易となり、常に比較において評価される現代において、比較を無くすのは不可能であり、比較がなければ成長が加速しないのは否定できない。そのため、必要なのは「自分を全面的に肯定し受け入れる」ことではなく、「比較しつつ変える部分と確固として持つ部分」を明確に分けて、認識することである。自分軸の明確化・言語化はまさに、「確固として持つ部分」を明確化・言語化するプロセスであり、自分軸は比較や不安、批判にさらされない「自分の中に存在するセーフスポット」となる。これは、環境に求めるセーフスポットと対照的に、コミュニティの外での安心まで、もたらすものでもある。最後に、自分軸では「好き嫌い」が極めて重要なポイントとなる。自分の感情を掘り下げ、「好き嫌い」という根本から考え直し、「好き嫌い」を一貫した軸として将来どのようにありたいか、現在どのような行動を取りたいかに一貫性を持たせる。これは、目標と現在の行動のギャップに苦しむことや、外的な軸に振り回され、転々としてしまうということを防ぐ。そのため自分軸は、未来と現在のギャップ、そして振り回されないという意味では過去と現在のギャップを埋めて、安心につながる。

 これらのメカニズムを裏付けるように、既存研究より、自らの価値観を明確にすることで不安が解消され、価値観が明確な個人は14年後の死亡率が15%も低い傾向があると示されており、他にもモチベーションなどにも寄与している[24]


[24] 鈴木祐. (2018). 最高の体調 ACTIVE HEALTH. 渋谷区千駄ヶ谷: 株式会社クロスメディア・パブリッシング.



2.3 「any」と「Many」の連携によるによる根本治療の実現

 我々が提唱するサービスのユニークな点として、1ヶ月のプログラムである「any」と、常軌のコミュニティ超えた集いである「Many」とのバンドルで提供されていることがある。つまり、「any」というトンネルを通って初めて「Many」に参加することができるのである。前述の通り、コミュニティが参加する個人によって性質が決められるのならば、コミュニティを超えながらもコミュニティを土台に持つ「Many」においてもこの点は重要である。

 それは、「根本治療としての自分軸」を明確化・言語化する出発点が「any」であり、自分軸の明確化・言語化という成長をもたらすことで「安心⇔成長」の相互強化の一番初めの力学を生み出し、サイクルを回し始めるからである。3つのステップから成るカリキュラムで同世代とのディスカッションを重ね、メンターとの一対一のやり取りを経て自分軸を明確化・言語化する。

 この自分軸の明確化・言語化は次のステップであるコミュニティを超えた集いである「Many」における安心を実現する。つまり、この段階で「anyでの成長→Manyでの安心」という流れが作られる。前述の通り、「any」は自分軸を明確化・言語化する入り口であり、コミュニティに参加する時点では、自分軸に関してある程度認識している状態となっている。その結果、ある程度「確固たる自分の場所」として自らのセーフスポットを持つことで、他者を否定せず、オープンに議論しつつ、自らの意見を述べることができるため、心理的安全性も保たれる。心理的安全性とは、エドモンドソン(1999)の定義に従うと、「対人関係におけるリスクテイキングをしても大丈夫という共有信念」である[25]。自分軸がある程度明確な個人がコミュニティに参加することに加え、「any」に参加するのが20代だけであるため、「Many」に参加するのも20代だけであること、「Many」が次世代に関心がある個人/企業に支援されていることによって心理的安全性を実現する。発言する際やプロジェクトを進める際に、人は「誰に評価されているか」を意識する。そのため、自分軸を活かして発言、行動するために、自らと同じような世代の方から構成されている環境が必要である。そして、コミュニティが、比較的次世代の意見に関心があり、支援している個人/企業の存在は、自らの意見オープンに語るために必要なエンパワーメントをもたらすものである。



[25] Newman, A., Donohue, R., & Eva, N. (2017). Psychological safety: A systematic review of the literature. Human Resource Management Review, 27(3), 521-535.



2.4 私達が「Many」で実現すること

 我々が提供するコミュニティ「Many」は「any」を受講した者が参加権を持つ、20代限定の集まりである。この集まりでは、ディスカッションやイベント、他者と自らつながること、そしてつながり機会、さらには次節で説明する協賛企業様との実社会・実企業における経験を積むインターンシップやイベントなども実現する。

 「Many」は「安心して成長するコミュニティ」としての土台を持ちつつ、従来のコミュニティの常軌を逸する機能を備えている。「any」に参加し、コミュニティに参加することで安心をし、安心をすることで成長し、成長することでより根本的な安心を手に入れるという「強化ループ」の実現を目指す。以下では、「Many」のこのコミュニティとしての側面を説明し、次節ではコミュニティの常軌を逸する機能を紹介する。

 まず、コミュニティとしての「Many」では、安心(心理的安全性)によって、更なる成長がもたらされる。これが、「anyでの成長→Manyでの安心→Manyでの成長」となり、サイクルを生み出す。私達は「any」では自分軸を明確化・言語化できるものの、参加者へのインタビューなどの定性データから、その明確化した軸をうまく使えている個人と、うまく使えていない個人がいるという課題を認識している。そのため、次なる成長として、自分軸の応用が必要であると考えている。

 そこで、自分軸を実際の社会の中で活かす場所を作るのを目指している。自分軸が溢れる情報のフィルター、そしてインプットした情報を処理し意思決定するための基準であるならば、そのフィルターと基準をふるいにかけ、磨き上げるために実際に情報をインプットし、意思決定を重ねる必要がある。例えば、自分軸を明確にした上で、自らのキャリアを考えるために、実際に企業でインターンを行い、企業や社会人の考えを評価し、考え、自らがどのような道に進むかの意思決定を繰り返すことなどである。これにより、自分軸を活かすバリエーションが増えるだけでなく、応用することで自分軸そのものを再考する契機になり、応用する経験を得ることもできる。そこで、実践の場として「Many」が重要な役割を担う。

 「Many」は「any」を修了した20代限定のコミュニティであると同時に、それ以外の限定がない。国籍や性別などを限定せず、多様な個人が存在する。さらに、デモグラフィクスを見た表面的な多様性だけではなく、自分軸を明確化したことで多くが自分なりの考えやゴール、そして自分の認識を持っているため、より本質的なレベルの多様性を実現することができるのである。実際に、「any」参加者には留学生が多く、海外から参加する方も多いだけでなく、参加者に対するインタビューより、ディスカッションでは自分では考えもしなかった意見を聞くことができるという言葉が繰り返し述べられている。これは、自分軸が明確であるため多様な意見が現われる、ということに加え、他者の意見が自らの意見と違うと認識できるのも自分軸が明確になっているからこそである。多様性は近年、まるで「マジック」のように良い影響があるとされがちであるが、それは必ずしも真ではない。むしろ、多様性は諸刃の剣であり、個人間にある違いを「建設的な不調和」[26]にできるか否かは、心理的安全性を確保できるかにかかっている[27]

 「Many」は、多様性と心理的安全性という2つの性質を持ち、だからこそ「自分軸の応用・実践の場」として、個人の成長につながる。これは言わば、バックグランドや思考の多様性という異質性と、自分軸に対する関心や世代の類似性という相反する2つの性質を、「any」というカリキュラムとバンドリングで提供することで実現している結果なのである。そのようなコミュニティで、多様な人とつながり、他者と自らを照らし合わせることで「ここが同じ」「ここが違う」と思考を巡らせること、オープンなディスカッションを重ねること、そして共にプロジェクトを進めることで、自分軸の更なる明確化・言語化だけでなく、日常生活での自分軸の利用や自分軸の実際の活用方法の学習へとつながる。それは転じて、自分軸を確固として持ち、ファーストキャリアの中でも、簡単に組織の在り方や社会の圧力に染まってしまわずに、ある種の「出る杭」となることにつながるだろう。これが、「Many」のコミュニティのとしての側面であるが、「Many」の全貌はそれだけでは明らかにはならない。


[26] Gino, F. (2017). 「建設的な不調和」で企業も社員も活性化する 同調圧力が生産性を低下させる. Diamond Harvard Business Review, 28-45o


[27] Bresman , H., & Edmondson, A. C. (2022, 3 17). Research: To Excel, Diverse Teams Need Psychological Safety. Retrieved 1 22, 2023, from Harvard Business Review: https://hbr.org/2022/03/research-to-excel-diverse-teams-need-psychological-safety



3 次世代と社会、企業の懸け橋となる「Many」

 コミュニティの本質が「与えあう」ことであうことであり、与えあうことでコミュニティの性質が決まるのならば、誰がそのコミュニティに参加するかも重要な要素である。我々は、20代限定という次世代で構成されるコミュニティを形成すると同時に、それ以外の主体との接点を作ることで、次世代と社会、次世代と企業、さらには社会と企業の懸け橋となる「コミュニティの常軌を逸する集いの場」を形成したいと考えている。我々は次世代と企業、そして社会が上下関係のなく、並んで歩ける世界を目指す。これは、次世代同士の相互作用によって、自分軸をさらに言語化・明確化を越えて、実社会で自分軸を応用する場にもなる。


3.1 次世代と企業をつなぐコミュニティ

 就職市場では、従来より情報の非対称性が問題とされてきた[28]。採用者は、就職者の真の特性や能力、考えを推し量ることは困難である。同様に、就職者の企業の情報は限られている。そして、就職者と企業の情報は、特にネガティブな印象を受けるものが秘匿される傾向にある。この状態は就職者と企業の自然な防衛行動の結果であるものの、企業と人材のミスマッチの巣窟となっている。さらに、情報は暗黙性を持ち、粘着性も持つ。つまり、仮に情報を秘匿しているわけでなくても、言葉にして明確に伝えられないことも多く(暗黙性)、情報移転にコストがかかることも多いだろう(粘着性)。当然ながら、このような情報の非対称性や暗黙性、粘着性は企業説明会のような短時間で、一方通行の情報のやり取りで解消することはできない。では、より密なやりとりが生じる、面接やインターンはどうだろうか。極めて頻繁に実務会で利用されている現状と裏腹に、面接やインターンを通じて、その企業で高いパフォーマンスを発揮できるかを予測することは難しいとわかっている[29]。

 加えて、就活生の事情を考えるとなお、この問題の解消は困難となる。就活は早期化しており、十分に自らの道を考えるための時間もなく、就活の競争へと投げ出される。就活で典型的である、自己分析、企業研究、インターン、面接などの選考、就職というプロセスは、内定をもらうことが最優先の目的となって行われる。それは模索プロセスと言うよりはむしろ、内定という旗を取るために、ただ各ステップを処理しているような状況であるともいえる。例えば、インターンは自らがマッチするか、その企業がどのような企業であるかを見るための重要な場であるにも関わらず、多くが内定を得るため、あるいは企業からの評価を獲得するための実績とするためにインターンを行い、仮説検証を繰り返し情報を得ることが行われていないのが、「any」参加者に対するインタビューより見て取れる。

 このような状況の中で、ミスマッチは高く、離職は日本においても大きな課題となっている。大学を卒業していても、新入社員の離職率は3割程度であり、特に入社1年に離職する確率が高い[30]。離職の理由としては、避けようがない家庭の事情や体調の問題は低く、むしろ自然にマッチするかを確認すれば避けることができる人間関係や評価・人事制度、社風や風土が多い[31]。また、前向きに目標のために仕事を変えるのではなく、むしろミスマッチのため、後ろ向きに仕事を変えてしまうのである。では、一度マッチしなかったからといって、よりマッチする職場に移動し、離職の問題はなくなるのだろうか。実際には、転職においても、仕事を転々とし、「後ろ向きなジョブホッピング」を繰り返してしまう。この後ろ向きな離職を引き起こすミスマッチの根底にある問題は、単純かつ根深いものである[32]。それは「思考不足」である。日本を含み、世界各国を調べた調査では、仕事を変える際の最も大きな失敗理由は単純なリサーチ不足である。

 このような状況を踏まえると、必要なのは「就活と言う軌道から外れて、企業との接点を持つこと」である。私達は、「any」というプログラムの延長上にある「Many」の一部としてその場を提供し、就活の延長上で企業との接点を生み出すサービスと一線を画す機会を提供する。この機会は、「any」を通じて自分軸を明確化・言語化した個人だからこそ活かせるものであり、自分軸をもって実際の企業を評価、経験し、その機会を存分に活かすことができる。加えて、自分軸の応用を繰り返すことは、コミュニティに参加する個人の自分軸のさらなる明確化・言語化にもつながる。

 就活生にとってこのようなメリットがある一方で、企業側にとってもミスマッチを防ぐだけでなく、就活生のリアルを捉えることが可能となる。企業が接する就活生は「選ばれるための人間」を演じており、いわゆるタテマエを掲げている。そのような個人に接して得た情報を元に採用政策を打って出ても、訴求できるとは考えずらい。その一方で、マーケティン調査のような調査だけでは、自らの企業と接する中でどう感じるのかなどのコンテキストがあって初めて見ることができる情報が見落とされる。「Many」を通じて、学生と接することで初めて得られる情報や感情、示唆が多くある。それは、採用活動だけでなく、Z世代の特徴にある社会課題に対する考え方や、より上の年代の考え方と違う点において示唆が多いだろう。このような接点の重要は海外で認識され、世代の違いを活かす相互学習を実現する相互メンタリング[33]、若い世代の「影の取締役」が経営の意思決定プロセスに関わりアイデアの選別に寄与している事例もある[34]


[28] 入山章栄. (2019). 世界標準の経営理論. 渋谷区: ダイヤモンド社.


[29] Schmidt, F. L. (2016). The Validity and Utility of Selection Methods in Personnel Psychology: Practical and Theoretical Implications of 100 Years of Research Findings. Working Paper, 1-73.


[31] TUNAG. (2020年8月23日). 離職率の出し方や、業界別・平均・新卒の状況を解説. 参照日: 2023年1月22日, 参照先: TUNAG: https://biz.tunag.jp/


[32] Groysberg, B., & Abrahams, R. (2010, 1). Managing Yourself: Five Ways to Bungle a Job Change. Retrieved 1 22, 2023, from Harvard Business Review: https://hbr.org/2010/01/managing-yourself-five-ways-to-bungle-a-job-change


[33] Gerhardt, M. W., Nachemson-Ekwall, J., & Fogel, B. (2022). 若手の視点を経営戦略に取り入れる4つのステップ -市場の劇的な変化に対応する. Diamond Harvard Business Review, 48-53.


[34] Jordan, J., & Khan , M. (2022). エイジダイバーシティの価値を最大限に引き出す方法 -市場の劇的な変化に対応する. Diamond Harvard Business Review, 30-39.



3.2 次世代と社会をつなぐコミュニティ

 「Many」の1つの特徴に、他のコーチングプラットフォームにはいないような、次世代を応援を目的に協賛してくださっている協賛者様との接点があることがある。金銭的な目的ではなく、自分たちも何等かのメリットがあると考えて、経験ある人たち(経営者の方も多い)が参加しているのである。高齢化が進む日本においては、少ない若者で多くの大人を支えなければいけないとされているが、発想を逆転させれば若者を支える大人が多いとも考えることができる。しかし、今はそのような状況を活かす場が存在せず、社会から次世代への経験や知識の還元が行われていない。「Many」はそのような場になる。

 その一方で、次世代は「Many」でつながりあい、相互に刺激しあい、相互に競争と共創を繰り返すことで、社会に成果を還元する。私達はボトムアップで社会を変えることを目指している。それは、トップダウンから社会を変えることの限界を認識しているからである。「Many」は、ボトムアップから社会を変えるエンジンとなり、社会から受けた恩恵を、社会に還元する集いとなる。それは、1つには熱意を持った個人は、熱意を持った個人を生み出すからである。大志を抱く人は、周りのパーパスを生き生きとしたものに変えていく[35]。さらに、それだけではなく、コミュニティはコレクティブインパクトに似たような効果を生み出す。コレクティブインパクト[36]とは、企業が共有価値の創造(Creating Shared Value; CSV)を実現するには、政府やNGOなどの様々なプレイヤーとの協力が必要というコンセプトである。その根底には、社会課題が様々なプレイヤーの複雑な絡み合いの中で発生するため、そのプレイヤーで連携しなければならないという考えがある。これは個人レベルにも適応できる考えであり、社会をボトムアップから変化させるには、様々なプレイヤーが仲間意識を持ち、1つの場で集う「Many」のような場が必要なのである。

 そして、長い目で見れば、「any」と「Many」を卒業した個人が今度は、次の「any」と「Many」の参加者を支援するというサイクルを回したいと考えている。


[35] Fuller, J. B., Kerr, W. R., Gulati, R., & Johnson, W. (2022). 「大退職時代」の真実 -労働市場に何が起きているか. Diamond Harvard Business Review, 62-75.


[36] Kramer, M. R., & Pfitzer, M. W. (2017). 「コレクティブ・インパクト」を実現する5つの要素 CSVはエコシステム内で達成する. Diamond Harvard Business Review, 16-28.



3.3 企業と社会をつなぐコミュニティ

 企業と社会の距離を縮めることが目指されている。企業の社会的責任、ステークホルダー資本主義などでは、「企業に関係しないステークホルダーは存在しない」という前提のもとに、あらゆる社会主体に配慮を示すことを企業に求められている。企業はその圧力と、社会的貢献を志向する意思の下で様々な社会貢献活動を行うようになっている。

 しかし、企業が社会に貢献する一方で、その社会との接点を活かして企業が自らに知識を取り込むことを行っていない。この「共創」ではなく、「奉仕」というようない歪な関係性は、企業の社会貢献が投資家などに評価されているというインセンティブに大きく左右されるという不安定な状況を作り上げている。むしろ、必要なのは社会と企業が共創し、互いに利を与えあうことであるが、企業の社会貢献が強調される中で、社会から企業に知識を還元するという構造が作られていないのだ。「Many」はその還元装置としての役割も果たす。前述の通り、企業は次世代の人材から様々な情報を得ることができる。これは、学生のことを知ると同時に、学生を通じて社会の情報を得るということであり、企業が次世代育成という貢献をしたことに対する、社会からの還元である。

 これは、イノベーションにおいて重要である。イノベーション論では、探索と深化という議論が多くなされており、既存能力を活用し強化する深化を行うと同時に、新規能力の開発や新規領域の開拓などの探索を行わなければいけないというものである[37]。しかし、企業は自らの既存能力の周辺にとどまりがちであり、十分な探索が行われないことが往々にしてあることが指摘されている。社会的な貢献は、社会からの還元があれば、企業にとって責任を果たし評価を得ながらも、探索を行う格好の機会であり、「Many」はそのために欠かせない装置である。




[37] O'Reilly, A. C., & Tushman, M. L. (2019). 両利きの経営 「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く (1 ed.). 東洋経済新聞社. & 入山章栄. (2019). 世界標準の経営理論. 渋谷区: ダイヤモンド社.

bottom of page